汽車ポッポ
お問合せはこちら
館内案内 客室案内 宿泊プラン お食事 周辺地図 耶馬渓鉄道
耶馬溪鉄道ギャラリー
1913年(大正2年)12月16日、中津〜洞門(樋田)間に初めて鉄道が開通し、翌3月には樋田〜柿坂が延長開通されました。
中津、耶馬溪間の交通は歩くことが主体で、荷馬車に乗ることはぜいたくな時代に、陸蒸気としてはまだ珍しい鉄道の開通
は住民にとって一生一代の喜びであったようです。
1970年代に入り、沿線の過疎化による利用者の減少と道路整備が進んだこと、さらに国鉄中津駅の高架化(1977年完成)
に伴う費用の応分の負担を要求されたことから、バス転換の方針が打ち出され、1975年に全線が廃止された。
1971年時点では1日あたり中津〜守実温泉間下り6本、上り8本、中津〜耶鉄柿坂間2往復、中津〜洞門間2往復が
運行されていたいた。その他、平日には中津〜大貞公園までの区間運転も行われていた。
ここでは、そんな耶馬溪鉄道の歴史といくつかの写真をみなさんにご紹介したします。
中津と守実温泉を結んでいた耶馬溪線。全長36.1q。
 1913年(大正2年)  耶馬溪鉄道として、中津〜洞門(樋田)間が開通。
 1914年(大正3年)  耶鉄柿坂(深耶馬溪)まで開通。
 1920年(大正9年)  諫山駅が開業。
 1924年(大正13年)  柿坂〜守実駅(のちの守実温泉)が開業し全通。
 1945年(昭和20年)  別府大分電鉄・国東鉄道・耶馬渓鉄道・宇佐参宮鉄道・豊州鉄道(日出生鉄道)・別杵自動車の
 7社が合併し、大分交通を発足し、大分交通耶馬溪線となる。
 1971年(昭和46年)  野路〜守実温泉間が廃止。
 1975年(昭和50年)  全面廃止。
駅名 実測換算 営業開始 記事
中心粁程 年月日
中津 0,000(粁) 大正2.12.26 国鉄共同使用駅
八幡前 3,950
大貞公園 5,160
上の原 6,377
諌山 7,343 大正9.12.10
真坂 9,374 大正2.12.26
野路 10,441
洞門 14,283
羅漢寺 15,852 大正3.12.11
冠石野 17,707
耶馬溪平田 20,306
津民 23,295
耶鉄柿坂 24,804
下郷 28,571 大正13.6.16
江淵 29,770 昭和36.2.15
中摩 31,435 大正13.6.16
白地 33,177
宇曽 34,171
守実温泉 36,106
サイトマップお問合せHOME
Copyright (c) 2008  Kisyapoppo All Rights Reserved